戸田市立 美女木小学校  
 


学校紹介

美女木小学校はいくつもの幹線道路が交わる埼玉県戸田市の西部に位置し、児童が元気に通っています。そんな本校の様子を紹介します。

校舎遠景 写真

はじめに












◆◇◆学校教育目標◆◇◆

目指す児童像
心豊かに たくましく 生きる力を持つ子ども

正しく考える子ども かしこく(知)
思いやりのある子ども 
やさしく(徳)
元気な明るい子ども 
たくましく(体)


学校生活の様子 写真
学校生活の様子 写真学校生活の様子 写真






◆◇◆平成22年度学校経営方針◆◇◆
クリックしてください。







◆◇◆美女木小の歴史◆◇◆

昭和55年 4月 1日 美女木小学校開校
昭和55年 4月19日 校舎、体育館落成式
昭和55年 5月11日 PTA設立総会
昭和55年 7月10日 プール完成落成式
昭和55年11月 8日 校章・校旗披露及び校歌発表
              「開校記念日」制定
昭和55年12月23日 学童保育室完成
昭和56年 3月31日 学校緑化及びフェンス工事完成
昭和56年 8月31日 校庭遊具(8点)完成
昭和56年12月25日 合掌登り完成
昭和58年 6月25日 うんてい、登り棒完成
昭和60年 3月20日 陶芸小屋並びに陶芸窯完成
平成 元年10月28日 創立十周年記念式典挙行
平成 3年 3月28日 ハイレク太鼓購入
平成 4年 5月28日 花壇設置
平成 4年 9月 7日 校舎外装塗装
平成 4年10月30日 鳥小屋設置
平成 5年 3月30日 体育館渡り廊下設置
平成 5年 8月30日 校舎北側窓77改修
平成 6年 8月31日 ブランコ完成
平成 6年11月 1日 コンピュータールーム完成
平成 7年 3月31日 防球ネット設置
平成 7年11月28日 土屋知事本校通学路視察
平成 9年 3月     特色ある学校作り
              (調べルーム設置・ボランティアによる読みきかせ実施)
平成10年 3月     飼育舎新設、資材倉庫設置
平成15年11月18日 戸田市教育委員会委嘱研究発表会
              (国語科・算数科)
平成17年 3月    平成16年度研究発表(市教委委嘱研究)
平成17年11月 2日  戸田市教育委員会委嘱研究発表会
              (国語科・算数科)
平成18年 4月26日 理科実習・実験ボランティア活用モデル校
              (県教委委嘱)
平成19年 3月     平成18年度研究発表(市教委委嘱研究)
平成19年 6月     プール改修
平成20年 4月     給食室完成 自校給食開始 
平成21年11月     戸田市教育委員会委嘱研究発表会
              (国語科・算数科・理科・体育科)
平成21年 4月     ことばの教室開設

平成21年10月    30周年記念式典

平成22年 4月    特別支援学級開設








◆◇◆校章・校歌◆◇◆

美女木小の校章 写真 戸田市立美女木小学校校歌
                作詞 田中 幸男
                作曲 藤田 久
            (昭和55年11月8日)

1.朝日に光る  空がある
  未来へつづく 道がある
  父母の 夢にこたえて励ましあって
  学ぶ僕等は 若い葉だ
  美女木 美女木 ああ美女木小学校

2.風より早く 駈けてゆけ
  雲より高く 跳びあがれ
  たくましく 強い心で鍛えた腕で
  になえ勝利の よろこびを
  美女木 美女木 ああ美女木小学校

3.恩師の教え よく守り
  明るく清い  人になれ
  新しい 力みなぎるこの学舎は
  今日も希望の 菊香る
  美女木 美女木 ああ美女木小学校
 校章

ひとひら ひとひらの白い花びら
それは ひとり ひとりの子どもたち
澄んだひとみと やさしい心が寄りそうすがた

三枚の緑の葉は
そんな願いをこめて 子どもたちをささえる
おとうさん おかあさん そして先生がた

豊かにかおる学舎
それは美女木小学校










◆◇◆施設案内◆◇◆

「美女木小学校ってどんなところ?」とおっしゃる方のために、校内を少しだけご案内します。


学校周辺を見てみる

校内に入る
美女木小学校への行き方
美女木小への道順案内 地図画像
 JR埼京線 北戸田駅下車  徒歩18分
 
 または北戸田駅前からバス「西川口駅」行きに乗車。
 美女木小学校前下車。 徒歩1分








◆◇◆「美女木」の由来◆◇◆

 私たちの学校[美女木小学校]は、所在地である[美女木]からその校名が付けられたものと考えられます。
 ところで、[美女木]という、ちょっと珍しい地名には、どのような由来があるのでしょう。このことについては、幕末、文化・文政の頃(1800年代初め)に書かれた『新編武蔵風土記稿』の中に次のような記事が見られます。

 古ヘ京師ヨリ故アリテ美麗ノ官女数人、当所ニ來リ居リシコトアリ、其頃近村ノモノ当村ヲサシテ美女來トノミ呼シニヨリ、イツトナク村名ノ如クナリユキテ其古名ヲハ失ヒタリト云、イトオホツカナキ説ナレト暫ク傅ヘノマヽヲ記シオケリ、來ヲ木トセシハ素ヨリ仮借セシノミニテ其意ニ於テ替ラサレハ、イツシカカク書キシモノナルヘシ
    (『新編武蔵風土記稿巻一百四十一 足立郡之七 戸田領 美女木村』)

  ※昔、京都から美女が来て住んだから[美女来]と呼ばれるようになった。いつしか、[][]と替えて書くようになった。 (意訳)

 
[美女木]という地名が、いつ頃からそう呼ばれたのかは詳らかではありませんが、[美女木]の名が文献上に登場するのは、室町時代のことです。このことについては、中村徳吉著『戸田の地名』の中で、次のように紹介されています。
 美女木の地名がいつ頃できたかは判らないが、記録の上では鶴岡事書日記−應永五年(1398)九月十日の記事−、府中へ注進百姓交名の中に、「美女木=五郎次郎入道」とあるのが初見である。
       (中村徳吉著 とだ文庫『戸田の地名』H7.03.30 戸田市発行)

 『鶴岡事書日記』が書かれた「應永五年(1398)九月十日」には、既に[美女木]の地名は存在し、「京都から美女が来て住んだから[美女来]と呼ばれるようになった」という、地名の由来に係る伝承も定着していたものと考えられます。
  いずれにせよ、美女木を故郷とする人々は、[美女木]の地名に誇りと自信を持ち、この伝承を大切に伝えてきました。地名の由来を探っていくと、そこに暮らす人々の思いや願いを感ぜずにはいられません。私たちは、こうした地域の人々の思いや願いを大切にし、次代を担う子どもたちの教育にあたりたいと存じます。


 〔参考文献〕
1 『新編武蔵風土記稿』
2 『戸田市史 民俗編』S58.03.15 戸田市発行
3 中村徳吉著 とだ文庫『戸田の地名』H7.03.30 戸田市発行

 ※ なお、この項をまとめるにあたり、戸田市立郷土博物館の御協力をいただきました。付して御礼申し上げます。

更新日:2010年7月16日   市内小・中学校HPへ   戸田市のトップページへ  
 
    戸田市立 美女木小学校
住所:〒335-0031 埼玉県戸田市美女木2丁目33番1号
電話:048-421-1037
FAX:048-422-6098
 
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